映画は音楽だ!2『インセプション』(10年)♫エディット・ピアフ「水に流して」 2010年のクリストファー・ノーラン監督・脚本・製作による『インセプション』(原題Inception) は、イギリス系アルゼンチン人の作家ホルヘ・ルイス・ボルヘス著の短編集『伝奇集』から着想を得たSFアクション映画。 主 人公のドム・コブ (レオナルド・ディカプリオ) は、他人の夢(潜在意識)に入り込むことでアイデアを盗み取り、アイデアを“植え付ける(インセプション)”、特殊な企業スパイ。極めて困難かつ危険な仕 事に一度は断るものの、妻モル (マリオン・コティヤール) 殺害の容疑をかけられ子どもに会えずにいるコブは、犯罪歴の抹消を条件に仕事を引き受けた。 古くからコブとともに仕事をしてきた相棒のアーサー (ジョゼフ・ゴードン=レヴィット)、夢の世界を構築する「設計士」のアリアドネ (エレン・ページ)、他人になりすましターゲットの思考を誘導する「偽装師」のイームス (トム・ハーディ)、夢の世界を安定させる鎮静剤を作る「調合師」のユスフ (ディリーブ・ラオ)、そしてサイトー (渡辺謙) を加えた6人で作戦を決行。首尾よくロバート (キリアン・マーフィー) の夢の中に潜入したコブたちだったが、直後に手練の兵士たちによる襲撃を受けてしまう。これはロバートが企業スパイに備えて潜在意識の防護訓練を受けてお り、護衛部隊を夢の中に投影させていた為であった。 曖昧になる夢と現実の狭間がこの映画の白眉であり、「夢の中でさらに夢を見ている」という多層構造になっていて、ボルヘスの小説のように難解さを極めるのだ。そこがおもしろさになるわけだ。 コブたちが夢から現実に戻る際の合図にしていたのが、エディット・ピアフのシャンソンの名曲「水に流して (Non, je ne regretted rein)」を低速度で逆回転させた音楽である。この曲はエンディングにも、ちゃんとした音楽として流れるのだ。 こ の「水に流して」は、シャルル・デュモンが1956年に発表した曲で、歌詞はミシェル・ヴォケールによって付けられた。意味は「私はけっして後悔しな い」。1960年にエディット・ピアフのレコード録音が大ヒット。このバージョンは、フランスの1968年の五月革命を描いたベルナルド・ベルトルッチ監督の『ドリーマーズ』(03年)でも使われている。 おもしろいのは、随所に映画的引用が散りばめられていることだ。冒頭のアークヒルズのヘ リポートからは東京の首都高速が見える。赤坂あたりの首都高速といったら、アンドレイ・タルコフスキー監督作品『惑星ソラリス』(72年)の近未来都市の舞台だ。またパリではメトロが唯一地上の高架を走る、セーヌ川に架かるビルアケム橋は、ご存じベルナルド・ベルトルッチ監督作品『ラストタンゴ・イン・パリ』(72年)の舞台 だ。さらにクライマックスの大活劇の舞台となる雪山の敵のロッジは、ノーラン監督が007作品でいちばん好きらしいピーター・ハント監督作品『女王陛下 の007』(69年)のアルプスにある展望台ピッツ・グロリアのようで、その上質のパロディでさえある。『惑星ソラリス』『ラストタンゴ・イン・パリ』『女王陛下の007』を思い返すといい、全部の作品で主人公の妻は“死んでいる”のだ。このことにより、主人公ドム・コブの妻モル・コブはすでに〝死んでいる〟ことがわかる。この『インセプション』の3年前の2007年、モル役のマリオン・コティヤールは伝記映画『エディット・ピアフ~愛の讃歌~』(07年)でピアフを演じて、ラストで過 去を振り返り、けっして後悔はないと歌い、見事に米アカデミー主演女優賞に輝いている。だが、それより前に完成していた本作品の脚本には、この曲の使用が決まっていた。http://youtu.be/JKPvx38D4GM