映画は音楽だ!3『セント・オブ・ウーマン/夢の香り』(92年)♫タンゴ・プロジェクト「ウナ・ポル・カベッサ」1992年のマーティン・ブレスト監督の『セント・オブ・ウーマン/夢の香り』(原題Scent of Woman) は、アル・パチーノのアカデミー男優賞を決定づけたといえるタンゴが登場する。 物語のおもな舞台は、ボストンの全寮制の名門高校。冬の感謝祭の休日で、盲目の毒舌家の退役軍人、フランク・スレード中佐 (アル・パチーノ) はニューヨークで大豪遊するわけだ。そこの学生チャーリー・シムズ (クリス・オドネル) は彼の身の回りの世話をしていたが、彼のお供するわけだ。泊まったホテルは超高級の「ウォルドルフ・アストリア」で、送迎車はリムジン。ダニエルはミニ バーのジャック・ダニエルのミニボトルを飲んでばかりだ。親友だから「ジョン・ダニエル」と呼んでいる (このエピソードはジャック・ダニエル好きのフランク・シナトラのものだったか)。 ふたりは5番街でスーツを新調し、目も見えないのに19万ドル もするフェラーリの新車を試乗して暴走させる。おまけに、ティーラウンジで美しい女性ドナ (ガブリエル・アンウォー) とタンゴのステップまで披露するのだ。ダニエルはあらかじめ、彼の目であり、耳であるチャーリーにラウンジの広さなどを聞いている。あとは、生きていることを実感するように、ただ踊るだけだ。 このタンゴのシーンのガブリエル・アンウォーが美しい。ブルネットの髪をアップにして、背中が大きく空いた「リトル・ブラック・ドレス」を着ている。ダニエルのリードで、情熱的なダンス、タンゴを踊るのだ。アンウォーの透き通った白い肌も、上気して紅 潮しているかのようだ。香りに敏感な盲人の特権で、ダニエルはドナがつけていた香水の香りを楽しむのだ。「よかった。これでもう、あなたを探せます」とシャレた会話を楽しみながら。 ここで流れるのが、「ポル・ウナ・カベッサ」というタンゴの名曲。競馬用語で「首 (ひとつ) の差で」という意味で、もともとはタンゴ作曲家カルロス・ガルデルが1935年の映画『タンゴ・バー』のために作曲した挿入曲である。演奏はタンゴ・プロ ジェクト。すごく聞き覚えのある曲で、このバージョンがいくつもの映画に使われている。 ジェームズ・キャメロン監督のコメディタッチのスパイ・フリック『トゥルー・ライズ』(94年) で、一輪のバラをくわえたアーノルド・シュワルツェネッガーとジェイミー・リー・カーティスの夫婦がラストシーンで踊るタンゴもそうだった。それは。1991年のフランス映画『La Totale』のリメイクだった。1935年に 成立した曲なので、のちの時代なら何でも使える。第二次大戦中の戦争映画、スティーヴン・スピルバーグ監督の『シンドラーのリスト』(94年)のナチの巣窟でもある ドイツ軍将校クラブの場面でも使われる。また1950年代が舞台 (ピューリッツァー賞受賞の原作こそ1930年代大恐慌の時代だった)の、2006年にリメイクされたスティーヴン・ザイリアン監督、ショーン・ペン主演 のバージョン『オール・ザ・キングズメン』(06年)でも使われている。『セント・オブ・ウーマン/夢の香り』のクライマックスは、ダニエルが チャーリーに5番街の「ダンヒル」に葉巻を買いに走らせる場面だ。この葉巻がキューバ産の「モンテクリストNo.1」(『スモーク』でハーヴェイ・カイテ ルの店主が水浸しにする葉巻だ)。今もキューバと国交のないアメリカにはご禁制の品。簡単に見つかるわけはなく、ダニエルの「時間稼ぎ」は失敗に終わる。ラストで、ダニエルは学校の公聴会の席で一席ぶつ。「フーアー」と気合を入れてスピーチするアル・パチーノの一世一代の名演に泣けた。http://youtu.be/F2zTd_YwTvo