映画『草原の実験』(アレクサンドル・コット監督)を東京国際映画祭で観た(10月30日@プレス・スクリーニング)。この映画の素晴らしさを、いったいどんな言葉で言い表せばいいのだろうか。大自然とそこに暮らす人々の営み、思春期の少女のゆったりとした日常、彼女をめぐる微笑ましい恋模様が、淡々と描かれていく。岩の隙間から滲みでて大地を這い、やがて堂々とした流れに至る一滴の湧水。家屋にそっと差し込み壁に映る柔らかな光たち。静かに吹く風に揺れる窓辺の慎ましやかなカーテン・・・。すべてのカットをそのまま家に持ち帰っていつまでも抱きしめていたいほど、美しく、儚く、それでいて力強く、それゆえたまらなく愛おしい映画である。14才の素人だという、奇蹟のような美少女と、その表情をとらえる自然光撮影の、なんと眩く、輝かしいことか。随所に的確に入る、いまでは珍しい堂々たる大ロングや大俯瞰の画も、ほれぼれするほど美しく、素晴らしい。夢のような映画である。監督や撮影監督をはじめスタッフの、映画づくり、画づくりに対するゆるぎないポリシーに圧倒させられる。最優秀芸術貢献賞受賞(WOWOW賞とダブル受賞)も、むべなるかな、である。全篇セリフを排して光と影だけで紡ぎだされる物語に身をゆだねるという、映画というものの原初の歓びにただただ酔いしれる。そして、最後の思いがけない展開によって、それまでそのようにして淡々と語られてきた、なにげない、つつましい、ごくありふれた日常が、じつは、かけがえのない、この世にふたつとない、とり戻しようのない大切なものであることを、強烈に思い知らされるのである。ネタバレになるので詳しくは書けないが、この映画は、おなじ主題を扱った国内外の名作クラシック群の映画的構造に依拠しながらも、見事にオリジナルな映画的完成度に到達している。傑作というほかはない。商業上映に向かないタイプの地味な映画ではあるが、第一回のWOWOW賞となったことでWOWOWが公開に動いてくれたりすれば、どんなにいいことだろう。できるだけ多くのかたにスクリーンでご覧いただきたい映画である。