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『ぼくたちの家族』という作品をご紹介しましょう。かなりシリアスな作品で、東京の郊外に住む中年夫婦とその二人の息子という家族のお話です。父は小さな会社を経営し、長男は結婚しサラリーマンとして働いています。二男は一人暮らしをしていますが大学を留年しています。と書くと何の苦労もない中流家庭のように見えますね。けれど、長男の妻が妊娠し、その連絡を母親に入れるのですが、そのあたりからどうも母親の様子がおかしいことがわかってきます。病院に行き、母親が脳腫瘍だと言われて余命を告げられてから、この家族が押し隠して来た亀裂があらわになっていきます。残された時間は一週間。手の施しようがないからと退院を迫られた家族は、転院して治療をしてくれそうな病院を探して歩きます。 原作は早見和真の体験をもとにした小説です。監督は『舟を編む』の石井裕也。やりようによっては涙涙の波瀾万丈大感動作という風にも作れるところを、ぐっと抑えた演出でじっくりと家族の変化を描きこんでいきます。主人公は長男になりますが、自分を押さえこもうとする長男に対し、本音と出たとこ勝負のような行動をみせる二男の掛け合いが緊張感を作りだします。こういう映画だとたいてい、家族を引っ張っていくのは父親の仕事だ~とお父さんがんばる話になっていくものですが、ここの家のお父さんはそれができない。お母さんの入院だけでもう明日からどうすればいいか不安になってしまいます。そこで長男が背負い込むわけですが、この長男も、今でこそ他の人と変わらない生活をしていますが、中学の時には引きこもりになり母親を心配させたという過去があります。背負い込んで気負いこむ長男を見て、ことさら軽くいいかげんなふうに兄と父に接し、母親にはいつも通り甘えるようなところを見せて母を安心させるのが二男の役割です。 この男三人の役割確認の場になるのが、病院の帰りに寄る中華料理屋のシーンです。父と長男は口数も少なく、ビールと餃子かなんかを頼んでいますが、食べ物に手をつける様子はありません。さほど酒に強くない父がビールをあおるように飲んでいます。二男の到着を待っているのですが、と言って二人でなにか進歩的な話をするわけでもありません。重たい空気。他の客はいない店内に携帯が鳴ります。駅に着いた弟からの電話です。それをとがめる店の人にくいかかる父。おしとどめる兄。遅れて登場した弟はビールを頼み餃子をほうばります。そこに再び、今度は病院からの電話です。駆けだす兄と父に対して、立ち上がりかけながらビールを飲み干し餃子をほおばったまま二人を追う弟。三人の違いを明確に描き分けたシーンです。この餃子が美味しくなさそうなんですよね。でも、この店に入ったことは原作者の体験のままなんだとか。もっとも、こういうときに「おや、この餃子美味いね」なんて味わえるもんじゃありませんが。 私の母が突然亡くなったとき、家の建て替えのために借りていた部屋に遺体が帰って来て、その隣で母が前の晩作って冷蔵庫に入れておいた魚の煮つけを食べました。その時の感じがこの映画を見てよみがえってきました。ほとんど喉を通らなかった覚えがあります。食べても味がしなかった、しょっぱかった気がするだけです。隣で魚をつつきながら酒を飲む父に腹を立てていた気もします。たぶん、『ぼくたちの家族』の長男の気持ってこんな感じだったのではないでしょうか。と、思いつつ、ふと気付いたのが昨年私自身が手術をしたときの夫や息子はどう感じていたのかな、待っている間に何をしていたのかなということ。この作品は観た人に自分の色々な立場での経験を思い出させるようだと聞きました。娘の立場・母の立場・嫁の立場・妻の立場などなど、たしかに私も自分の経験と重ねて入り込んでしまいました。 日本映画は、家族の関係を描くためには家族が集まってご飯を食べるシーンを描くことが伝統です。良かれ悪しかれ、食卓を囲むシーンが家族の関係を表します。『ぼくたちの家族』ではすでにばらばらになってしまっている家族なのでみんなで食卓を囲むシーンはありません。けれど母親が決定的にどうも変だとわかるのは、長男の妻の両親と一緒に妻の妊娠を祝う会食の席です。つまり、団欄であるべき食卓から家族の亀裂が広がっていくという描き方なんですね。こういう使い方もできるのだなと若い石井監督の狙い澄ました演出術に感心した次第です。 ぼくたちの家族 5月24日(土)より、新宿ピカデリー他 全国ロードショー 配給:ファントム・フィルム ©2013「ぼくたちの家族」製作委員会